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2007.02.07 天界にて6
久しぶりの更新。
既に自分以外この存在を覚えていない気が……。
自己満足じこまんぞくー。



◆登場人物◆

○レイエル(レイエル=セプシティ)
 一応主人公。コンセプトは「温室育ち」

○ルーク(ルクツィオラ=ゼロ=カスパール)
 四聖の一人でレイエルのお師匠様。お父さんのような存在。

○フィル(フィルハルト=シュトレツァール)
 四聖の一人でレイエルの直属の上司に当たる。天界一の戦闘力を誇る。

○巫士<ふし>(エルティアム)
 四聖の一人で天界の巫女。天界王のお気に入り。寡黙。

○アズファリア(アズファリア=レジィラート)
 四聖の一人で調停者。千里眼を持つ。

○天界王(フィラーハ)
 天界を治める王。クソ偉そう。


○精霊王(オリジン)
 精霊界を治める王。なんか綺麗だけど、よく分からない。

○カディシュ
 精霊王の右腕の無の大精霊。精霊王らぶ。
 その時、少女はまだ幼く、世界を何も知らなかった。
 その時、少年はまだ弱く、世界は果てしなく広かった。

 彼女に何が出来ただろうか。
 彼女に世界に抗う術はあったろうか。

 否、世界はどこまでも無情で、どこまでも孤独だった。
 彼女はただその流れに翻弄され、流されていくだけだった。



「────レイエルが?」
 フィルハルトのところにもたらされた奇妙な情報に、青い髪の少年は、不可解そうに眉をひそめた。報告をもたらした天界の調停者であるアズファリア=レジィアートは、そんなフィルの反応に困ったように姿勢を正す。
 アズファリアの方が、調停者という立場上、幾分位が上と言えど、やはり天界の聖戦士と名高いフィルを前にすると無意識的に緊張する。何と言っても、彼は巫士を除く天界随一の実力者なのだから。
 頭の横から生えた白い蝙蝠の羽のような耳を、ぴくりと神経質に動かしながら、アズファリアは単調な声で報告を続けた。
「……本人から直接話を聞いていないので何とも言えませんが……。そのような噂が皆の間に広まっているのは事実のようです。目撃証言についても多数一致するものがあります。放置しておくには、あまりに……その、内容が……」
 そしてアズファリアは心底戸惑ったように言葉を濁す。
「……いかがされますか?」
 フィルハルトは絶句していた。自分のあずかり知らぬところで、よもやそのような事態が起こっていようとは。予想だにしていなかっただけに、それは衝撃だった。
 これは己の怠慢だ。レイエルという、直属の部下のことなのに、アズファリアから話を聞くまでフィルハルトは何も知らなかったのだから。
「……いかがされるも何も……。まずはレイエル本人に直接聞いてみないことには何とも……」
「────では呼んで参りましょう」
「待って、アズファリア」
 早々と立ち去ろうとするアズファリアの背にフィルの声が飛ぶ。くるりと振り返ったアズファリアの閉ざされた二つの瞳がフィルの顔を覗き込む。
 それは、目の前にいるフィルの顔すらも見えていない筈なのに、まるで心の中まで覗き込まれているようで、フィルは一瞬ぎくりとするが、辛うじて表情には出さない。
 お互い、「最初の天人」同士とはいえ、心の底までを許し合う仲ではない。天界王の庇護厚いエルティアムは別格として、四聖は互いに牽制し合っている。もっとも、ルクツィオラは四聖「筆頭」であるのだから名目上も実質的にも格上であり、フィルハルトとアズファリアの底辺争いなのだが。
 それでいいとフィルハルトは思う。求めるのは信頼ではない。天界を護っていこうとする共通の意志なのだから。
「……ルクツィオラ様にはまだこの事を……?」
「いいえ、ルーク様には報告しておりません。手順違いかと存じまして」
 立場上はレイエルの保護者であるルクツィオラではあるが、レイエルに関することであれば、レイエルの直属の上司であるフィルハルトに先に報告するのが筋というものだ。さすがにアズファリアは心得ている。
「正しい判断だね、ありがとう。ではルクツィオラ様には私から報告しておくよ。レイエルから話を聞いた後にね。あの方に余計な心配をかける必要も無いだろう」
 時に、フィルハルト以上に世知に疎いのではないだろうかと思われるルクツィオラは、直弟子が学院で、水面下ではあるがのけ者にされていることすら知らないのかもしれない。暇があれば書庫に籠もりきりの支障を気遣ってか、レイエルが意識的に悟られまいと振る舞っているから、フィルハルトも彼女の健気な努力に協力している。
「畏まりました。それでは失礼致します」
「あぁ……。すまないね、アズファリア」
「いえ、任務ですから」
 生真面目に姿勢を正し、アズファリアは一礼すると、惚れ惚れするような美しい型で回れ右をし、静かにその場を辞す。その所作の美しさから、舞の戦姫と呼ばれるアズファリア。新人の礼儀作法研修のために配下に一人は欲しい逸材である。
 一人きりになった執務室で、フィルは小さく溜め息を付いた。
「レイエル……これから君に待ち受けている運命は、ひどく厳しいものになるのかもしれないね……」
 少年はただ祈る。小さな少女の行く末を願って。



 天人の子どもは、生まれた時から同年代の子ども集団の中で育てられる。生まれてすぐに産みの親から引き離され、集団の中で、天人の子どもとして育てられる。そこに特定の保護者は介在しない。天人の社会全体が子どもたちの親となるのだ。
 と言っても、実の親との繋がりが完全に無くなるわけでもないらしい。天人であっても親子の繋がりの深さは健在であるし、大人になってから実の親の元へ帰る話は、珍しいものでもない。
 天人は幼くして戦い方を学び、個としての在り方と、天人としての生き方を学ぶ。天界王の手足として生きること────それが天人であった。
 しかしレイエルに関しては、総ての面で異例だった。

 レイエルには、産みの親はいない。
 ある日突然ルクツィオラがどこからか連れて来た不思議な子ども。それがレイエルだった。
 ルクツィオラ自身はそれについて何も語ったことがない。何より天界王が何も問いたださなかったので、あえてフィルハルトも聞こうとしたことがなかった。天界王の決定は天界の意思であった。

 フィルは今でも憶えている。
 あれは、蒼い月が天の中空にかかっていた、静かな夜のことだった。ルクツィオラの腕に抱かれて、気持ちよさそうに眠っていたのは、まだ小さな、一人歩きがやっと出来るくらいの年齢の、幼い少女だった。
 目の冴えるような蒼の髪と瞳。その色は、最初の天人しか持ち得ないものだった。一般の天人は大抵茶色や金色の髪に、茶色の眼をしている。だから、それは決して有り得ない色だった。そして、赤子の額に光る三つ目の眼は、高位の天人しか持ち得ない筈の力の象徴───紫紺の瞳であった。
 あの時フィルは何と言ったのだろうか。ただ、驚くばかりで小さな天人を凝視していたはずだ。四聖以外に、自分たちとまったく同じ、そんな色を持った天人を見たことがなかった。そんな存在は有り得なかった。
 ルクツィオラが差し出した赤子を、エルティアムがただ静かに抱きとめた。常に無表情な巫士だったが、その時だけは僅かに顔をしかめてルクツィオラを睨んでいた、ように思う。その時、寡黙な巫士がたしかに唇だけで言葉を口ずさんだのを、フィルは今でも覚えている。
「────阿呆が」と。
 その言葉の意味を、フィルハルトは未だに知らない。


 特異な外見は、レイエルの持つ潜在能力そのものを反映していた。
 もともと天人にとっての蒼とは天界王と四聖にしか持たざる色───禁色であった。
 その姿が示すとおり、レイエルは他を圧倒する恐るべき力を持っていた。言葉を操るより先にレイエルは古代文字を解読し、立ち上がるよりも先に霊獣を使役してみせた。
 その強大すぎる己の力を制御しきれないのでは、と危ぶまれながらレイエルは育った。一歩間違えればそれは天界の破滅をもたらすかもしれない危険な存在。幼い頃から特別な存在であったレイエルが、他の子どもと違う扱いを受けたのは必然であった。

 いつか、ちょっとした気まぐれで、天界王はレイエルを殺してしまうかもしれない。
 少なくとも前例があった。四聖の次に創られた三体の天人は、そのことごとくが天界王の手によって殺された。四聖と違い、それらの天人は天界王に従わなかったから。そして、天界王よりも強大な力を持ち得ていたから。
 それを知っているのは、今ではもう四聖だけだ。いつか天界王は幼い天人の子どもの力を危ぶみ、殺してしまうのではないかと、誰もがそんなことを思っていた。
 しかし、我が子同然のようにレイエルを可愛がる天界王を見て、四聖らの危惧は杞憂に終わった。もとより、天界王が己の創造物である天人────レイエルを恐れる道理はないのだから。
 四聖筆頭のルクツィオラ=カスパールが直弟子、そして聖戦士フィルハルト=シュトレツァール直属の戦闘部隊である光牙の一員というのがレイエルの実質的な肩書きである。
 こんなに幼い天人の子どもが、そんな大層な肩書きを背負っていること自体異例なことであり、それがレイエルの重荷となっていることは皆、重々承知している。
 だからこそ大人たちは、レイエルに甘くしてしまうのだが。

 たしかにフィルから見ても、レイエルの才能は異質だった。誰もが明言することを避けているが、レイエルの力は既に光牙の誰よりも強かった。そして、もしかしたらフィルハルトはもとより、天界王すらも────。

否、それは考えてはならないことだ。


「……お呼びですか……?フィル様……?」
 執務室の扉を開け、フィルハルトの前に呼び出されたレイエルは、所在無げにもそもそと身体を動かす。
 温厚な少年の様子が、いつもと違うことに気付いているのだろう。極力少女を緊張させないように、いつもと同じ様子でいたつもりだったのに、聡い少女はすぐに気づいたようだった。敵わないなと思いながら、フィルは微笑む。

「────突然呼びだしてすまなかったね……」
 表情こそはいつものフィルそのものだが、声がいつもよりもぎこちない。彼がどれだけ隠し事が上手なのかをレイエルは知っている。
 どんなことがあっても、これまでフィルは動揺を見せたことはなかった。彼は怒りや悲しみといった感情はもとより、笑顔でさえも表面に出すことはない。
 いつもにこにこ笑ってはいるが、それが本当の笑顔でないことは、レイエルはとうに気づいていた。本当の意味で、彼の笑顔を見たことがある者はいないのではないか、とすらレイエルは思う。そんなフィルハルトが、感情を御しきれないでここに立っている。レイエルは、何事かと眉をひそめた。
 まさか、先日聖堂のステンドグラスを傷つけてしまったことか、その前の週にコクトを無断で連れ出してしまったり、また勝手に巫士様に会いに行ったり、フィルの蔵書を汚したりしたことがまとめて露見したのだろうか。
 それとも────……。

「────……エル?」
「……は……?」
 知らぬうちに思考に没頭していたのだろう。
 顔を上げると、フィルの紺碧の色をした瞳が、至近距離で心配そうにレイエルの顔を覗き込んでいた。
「ふぃ……フィル様……?あ、すみません……」
 焦って数メートル飛び退き、慌てて居ずまいを正すレイエルを、なぜかフィルは寂しそうな顔で見つめる。
「レイエル……」
「はい……?」
「……ぼくがここに呼んだ理由が何か分かっている?」
 問われてレイエルは一瞬考え込むが、それから不思議そうに首を横に振る。それ以外の理由であれば、残念ながらレイエルには思いつく事件を起こした記憶がない。
 フィルは探るようにレイエルを見つめ、執務机の上に静かに腰掛けた。小柄なフィルがそうすると、床に足が届かなくなり、ぶらぶらと足が宙に浮いてしまう。同じポーズをルクツィオラがよくするが、足の長い彼がすると様になっている。それを思い出して、レイエルは少しだけ吹き出しそうになるが、フィルの表情は依然硬いままだ。
「……最近……君に関することで妙な噂を聞いた。噂の内容が内容なだけに、黙って放置するわけにもいかない」
「……噂……ですか?」
 心底不思議そうに、レイエルは可愛らしく小首を傾げた。純粋なその眼差しを見るにつけ、フィルはどんどん罪悪感に苛(さいな)まれていく。これから自分が言おうとしていることは、彼女を悲しませるだけだから。
「ルーク様のお耳にはまだ入っていない。アズファリアが……内密に僕に報告を届けてくれた……」
 フィルはなぜか言葉を濁しているようだった。その言わんとすることが分からず、レイエルは不安げな表情で彼を見上げたまま口を閉ざす。フィルは、そんなレイエルを見るに付け、心が重くなっていくことを感じていた。どうせ伝えるのならば、遠回しに言っても仕方がない。そう思い直し、一息に言い切った。
「……レイエル、君と精霊王が一緒にいるところを見たという者がいるんだ。それも大勢」
 はっとしてレイエルは顔をこわばらせる。続くフィルハルトの言葉が、いくらか予想できたから。
「これがどういう意味か分かっている?精霊界と天界が、どのような関係にいるのかは学院で習わずとも、既に知っているね?」
「…………はい……」
「では、我々天人が精霊界にどのような確執があるのかも承知の上だね?」
 重ねて問うフィルハルト。
「はい……。物質界の覇権を巡り、天界と精霊界の二界は対立し、数千年の長きにわたり、争いを続けてきました。長く続く争いに、これ以上の被害を避けるために、ちょうどこれより百年前に、互いに物質界に干渉しないことを条件とし、相互不可侵及び扶助盟約を結び、現在に至ります……」
 さすがに歴史の授業だけは得意なレイエルは、幾分自信の無さそうな声ではあったが、すらすらと応じる。フィルは小さく息を吐き、もう冷たくなってしまった茶で唇を湿らせ、淡々と告げる。茶器を置く硬質な音だけが部屋に響いた。
「……現状を把握しているなら見当は付くだろう。君にかけられた嫌疑はこうだ、レイエル。レイエル=セプシティは精霊王と通じ、天界を精霊界に売り渡そうとしているのではないか。特に君は幼いながらに天界王とも近しい存在だ。その気になれば、精霊界と結託して、天界の中枢部に侵入し、内部から壊滅させることができるのではないか、と。天界王は、裏切り者を子飼いにしているのではないか……と」
「……っ!そんな……誤解です……!レイは天界王様を裏切るだなんて……!」
「そう、君のことは僕がよく知っている。そんな大それたことを君がしでかすはずがない。精霊王にしても、今の状況で天界に反旗を翻すなど、愚かな真似はしないはずだ。たとえ思っていたとしてもね」
「……っフィル様、精霊王様は……!」
「────話の途中だレイエル=セプシティ」
 有無を言わさぬ強い口調でフィルハルト。
「だが、他の者から見ればレイエル、君という存在はどのように映るか分かっているのか?君は子どもながらに四聖とほぼ同じ力を持っている。そのことは天界王自らが認めていらっしゃる。君の天界王への忠誠を疑う者はいないだろう。しかし、君は自分がどれほど微妙な立場にいるのかも知らないとでも言うのか。精霊界との仲が険悪なこの時期に、その精霊王と天界の首座にも近しい地位の君が懇意にしているなど……精霊王と通じているのではないかと皆が疑念を抱くのではないかと、君は少しでも考えなかったのか?」
「……身にやましいことは何もありません。それは精霊王様も同じです……。レイは天界王様に忠誠を誓っています……!」
「それをどのように皆に釈明する」
「……っ!」
「これまでの精霊界との争いにより、我々はたくさんの同胞を失った。皆は精霊界を、精霊王を憎んでいる。魔界の存在さえなければ、精霊界と相互扶助の盟約など結んだりはしなかった。僕とて、精霊界と手を結ぶなど、虫酸が走る思いだ。これまで何人の部下を、精霊界に……精霊王に殺されてきたと思っているんだ……」
「…………」
 フィルの声は静かだった。だからこそ、余計にレイエルは悲しくなった。
「分かるだろう?精霊界と天界は、根底の部分で相容れることは出来ないんだ、決してね。その精霊王と君が通じていたのを見て、不信に思う者が出てもある意味仕方のないことだ。裏切り者と誹(そし)られても……釈明はできない」
「……でも……」
 レイエルは長い睫を伏せて、そっと囁く。
「精霊王様は……とても優しい方です……とても……美しくて……」
 一転して優しい声の響きに、フィルは少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「────その台詞は、僕は聞きたくないな。たしかに精霊王は美しい。それは認めよう。だが、あれは彼の持つ力そのものの象徴だ。禍々しいまでの呪われた力だ。……あの作り物めいた顔を見るにつけ、吐き気がするよ」
「……っ!いくらフィル様でも言って良いことと悪いことがあります……!あの方を見て、あの方と少しでもお話しして、そんなことがよくも言えたものですね!フィル様は何も分かっていらっしゃらないんです!精霊王様のことを……!」
「あぁ、知らないよそんなもの。分かりたくもない」
「フィル様……っ!」
 珍しく激昂するレイエルを、フィルは激しい口調とは裏腹に、なぜか寂しそうな目で見つめていた。そして静かに呟いた。

「────やはり、君はあの精霊王に恋をしているんだね」
「────……っ!!」
 単刀直入なフィルの物言いに、隠し事ができない性格のレイエルは、思わず言葉を無くし、ぱくぱくと酸欠の魚みたいに口を動かし、そして馬鹿正直に顔面真っ赤にして顔を俯けた。
 やはり、とフィルは顔を曇らせる。
 アズファリアに報告を聞いた時は、まさかと思った。ある程度予想はし得たことだ。しかし、自分自身で確認しなければ、とても信じられるものではなかった。


 ────精霊王。
 この世界でいちばん美しく気高い存在。
 その姿を間近で見て、畏怖しない者はいないだろう。
 圧倒的な存在感と、他をも律するその力。
 フィルとて、その存在に惹かれないと言えばそれは嘘だ。
 初めて見た時は、本当にこんなに美しい存在があるだなんて信じられなかった。
 手に入れてみたい、と思ったことすらもあった。
 しかし、それは天人にとって忌むべき対象であり、その美しさはもはや神の域だった。
 好んでそれに近づこうなどと、その力の本質を知った後は、二度と考えたこともない。


 しばらく絶句していたレイエルは、気を取り直してフィルの顔を恐る恐る覗き込む。
「…………いけない……ことですか?」
 それは、あまりに純真な疑問だった。
「……フィル様の仰るとおり……レイは精霊王様のことが……好き……なんだと思います。それだけじゃ無いと思いますが……もし、このキモチがそうなんだとすれば……きっとこれは恋です……。たしかに精霊王様は……とても高貴な方で……レイなんかとは釣り合わないと思います……。でも、好きになることは……いけないコトじゃないはずです……。そんな律はないはずです……たとえ、天人であっても精霊であっても……想いは……自由です」
「…………」

 ────否、それは誤りだ。
 彼の、精霊王の存在は禁忌だった。
 触れることすら許されない。
 だが、それを知るにはレイエルはあまりに幼すぎた。
 精霊王がどんな存在なのかを知っている者であれば、到底それに心を惹かれることなど出来ないはずだ。
 そしてフィルは知っている。その恋は決して叶うことはないのだと。
 叶ってしまってはいけないのだと。
 精霊王を手に入れるということは、それはそのまま世界の律を狂わすことになりかねない。

 小さな天人のこの初恋を、壊すような真似をしたくはないけれど。
 相手が天人の他の誰かであれば、否、天人でなくとも精霊王以外の誰かであれば、フィルとて反対はしなかっただろう。
 何よりフィル自身、レイエルを愛しているから。
 けれど、彼だけはいけないのだ。
 精霊王にだけは本気で恋をしてはいけないのだ。

 なぜ精霊王なのだ。
 よりによって、なぜ禁忌に惹かれたのだ。

 否、禁忌であるのはレイエルとて同種だ。
 だからこそ、なのかもしれない。
 互いに惹かれ合ってしまったのだろう。

 そして、フィルはそれを何としてでも止めねばならない。
 ────禁忌に触れることの悲惨さを、誰より知っているから。


 だから、フィルは言う。
「────精霊王にだけは、決して恋をしてはいけないよ」

 小さな天人の笑みが凍り付いたのが視界の端に映った。


 あぁ────まただ。


 また、自分は誰かの笑顔を壊してしまった。



 ────どうして?
 あの方は、いつも寂しそうな顔をしているのに。
 誰かに傍にいてほしいと望んではいけないの?
 ただ、手を差し延べただけなのに。
 自分は、あの方の顔に、少しでも笑みが戻ればいいと思っただけだ。
 それを願うのはそんなにいけないことなの?
 ただ、愛しいと思うことがそんなにも罪なことなの?

 分からない。
 レイエルには分からない。
 小さな天人は、ただ純粋に恋をしているだけだから。


           ††††††††††††


 音もなく書斎の扉が開き、冷たい夜気が吹き込んだ。ひたりと静かな足音をひそまて、人影がそっと彼の背後に立つ。書斎の机に突っ伏して眠っているルクツィオラは気づかない。
 人影は静かにそこに立ちつくし、そしてそっと自分が羽織っていたマントを脱ぐと、彼の肩にかぶせてやった。
「────こんなところでお眠りになってはお風邪を召されますよ」
 その声に、ルクツィオラははっとして顔を上げた。窓の外は、既に薄暗くなっており、ロウソクの灯が消えた部屋の中は真っ暗で、ルクツィオラは二、三度ぱちぱちと瞬きをしてからその人物を見定めて、ふわりと微笑んだ。
「フィルハルトだったのか……どうも、ありがとう」
 フィルは思う。どうしてルクツィオラは、こんなにも無防備に微笑めるのだろうかと。四聖筆頭の自覚はあるのだろうか。もし自分が刺客だったら、ルクツィオラは起きる間もなくとうに死んでいた。
「眠るときは、せめて扉に鍵を掛けてください……供の者はどうしたんですか?」
「あぁ……調べ物があったので先に帰してしまったよ。そうしたらついウトウトしてしまいまってね……いつもすまないな、フィルハルト」
「ルーク様は自覚が無さ過ぎます……もっと周囲に気を張っていてください……。それでなくても最近の情勢は物騒なんですから……。精霊界が……反旗を翻したら……僕でも護りきれなくないかもしれません……」
 いつもと明らかに様子がおかしいフィルに気づき、ルクツィオラはそっと眉をひそめた。そして優しく微笑み、血が滲み出そうな程強く唇を噛み締めるフィルの頭に優しく手を置く。
「どうしたんだ?フィル」
 穏やかなルクツィオラの声を聞いて、安堵したのか、それとも枷が外れてしまったのか、今にも泣き出しそうな顔をして天界の聖戦士は、ルクツィオラの胸元にしがみついた。
「……っフィルっ!?」
 思わずバランスを崩し、椅子ごとひっくり返りそうになったルクツィオラはすんでの所で踏みとどまり、小さな少年の身体を抱き留めた。小さくて、壊れてしまいそうな細い肩だった。器の大きさは関係ないが、それでもフィルが自分よりも幼いことは間違いない。天界王は、彼らを「そのように」作ったのだから。
 しばらくルクツィオラの胸に顔を押しつけていたフィルは、嗚咽混じりにやっと声を絞り出した。
「……レイエルを……」
「……?」
「レイエルを……助けてください……!あの子に……ぼくと同じ過ちを犯させないでください……」
 それは聞く者を悲しくさせる悲痛な声だった。
「フィル……?一体何が……少し落ち着いて……」
「────ツィオラ=ゼロ=ブリード」
「────……っ!?」
 ルクツィオラは思わず眼を見開き硬直した。フィルハルトの肩にかけようとしていた手が、そのまま空をかいて泊まる。一瞬、空耳ではないかと思ったほどの静寂が場に満ちる。
 ルクツィオラは動かない。否、動けない。
 その名をここで、しかもフィルの口から聞くことになるとは思っていなかった。
 遠い記憶の淵に押しやるようにして、忘れようとしていたその名。けれど、その存在は心の深いところにずっとたゆたっていた。
 決して忘れることは出来ない。


 ────ツィオラ。

 魂の、片割れ────。


「ルーク様……。貴方ならご存じですよね?禁忌に手を触れた愚か者の行く末を」
 たとえるならば、暗い炎。静かに深海の底でゆらゆらと揺らめく炎のように、空虚な眼でフィルは微笑んでいた。
「愛していました。いいえ、ぼくは今でもツィオラを愛しています。この五百年、忘れたことは一度とてありません。叶わぬ想いだと分かっています……ですが……」
「フィル……お前は……」


 ルクツィオラ=ゼロ=カスパール。
 四聖の長と誉れ高い彼には、一人の妹がいた。
 否、妹というのは正確ではない。彼女はルクツィオラの創った唯一の天人だった。
 四聖にはそれぞれ、天人を造り出す術(すべ)を天界王から与えられていた。それが最初の天人に与えられた使命であった。
 最初の神話にもあるように、ルクツィオラ以外の三名は、その力をして天人を造り出した。ルクツィオラだけは、天界王からそれ以上の力を授かり、天人を創り出すことは無かった────というのが、表向きの伝説だ。
 しかし、神話には書かれていないが、四聖の長であるルクツィオラも、時を同じくして一体の天人を造り出していた。
 ルクツィオラが自身の血から造り出した己の分身とも言える存在。この世界に存在する、唯一の、ルクツィオラにとって文字通り血を分けた存在。そして、四聖によって創られた「初めの天人」────。
 長い金の髪と瞳を持った、美しい少女。額に光る紫紺の瞳。
 天界王自らが名付けたその天人の名は、ツィオラ=ゼロ=ブリード。
 破壊の力を持つ呪われた天人────。


 生命を生み出す力を持つ天人の中で、彼女だけが異質だった。
 有を無に変えるだけのその力は、天界王の────ひいては天界全体の脅威となった。
 そして彼女はその存在を抹消される。
 この世界から。


 ────呪われてしまえばいいんだわ……この世界の総てが……!


 最期に耳に届いたのは、少女の強い呪詛の言葉。
 「死神天使」と呼ばれ、天界王に存在を否定された哀れな天人。
 最初から選べることではなかったのだ。天界王か、愛しい少女か、だなんて。
 天界王のために生きることを定められたフィルにとって、天界王の意志は絶対であった。
 あの少女を封じろと命じられた。だからフィルは自らの手で少女を封じた。

 小さな、けれど温かい少女の手。
 自分はその温もりを知っているのに────。

 少しずつ温もりが消えていくその手を、フィルはただ黙って握っていた。

 真っ直ぐと先を見つめる迷いのない瞳。
 自分はその瞳を閉ざさせてしまった────。

 光の無くなったその金色の眼に、最期までフィルの姿が映っていた。
 まるで、忘れることを許さないかのような視線は、呪いのように今もなおフィルを呪縛している。
 目を閉じると、瞼の裏に浮かぶのはいつも少女の幻影だった。

 柔らかく言葉を紡ぐ小さな唇。
 もう、あの愛らしい声は聞こえない────。
 もう、その声で名前を呼ばれることも叶わない。


 ────フィル……怖いのならあたしが手を握っていてあげるわ。


 なぜ。


 ────大好きよ。フィルハルト……。


 なぜ。その想いは許されないのか。


 ────あなたと、ずっと一緒にいるわフィルハルト……。


 ぼくは、彼女を愛していた……。
 ただそれだけなのに────。


 天界王をも凌ぐ強い力を持ってしまったがゆえに、禁忌とされてしまった少女。
 彼女を生み出したルクツィオラは、その後二度と天人を造り出すことは許されなかった。
 少女の存在は、もちろん史実には書かれていない。その名を口に出すことも、天界では暗黙のタブーとされてきた。ただ四聖と天界王のみが知る存在。
 存在を抹消された哀れな少女。それがツィオラと呼ばれる少女だった。

「……ツィオラ……」
 フィルはもう一度、彼女を呼ぶ。まるで、そうすることで、彼女が戻ってくるかのように。
「……フィル……」
 ルクツィオラは絶句して彼を見つめた。これほどまでに彼がツィオラのことを、天界の禁忌とされた彼女のことを、思い続けていただなんて知らなかった。もちろん彼がツィオラを慕っていたのは知っていた。けれど、その思いはあの時に潰えたのだと思っていた。だってツィオラを封じたのはフィル自身だったから。彼は、ただ静かに天界王に従っていたから。
「……これは不敬だと思いますか?ルーク様……」
「……それは……」
「心の底で、僕はずっと彼女を求めていました。彼女を封じてしまった自分自身を、彼女を亡き者にしようとした天界王様を、何度憎んだことでしょう」
「…………」
 フィルからこのような言葉を聞くことになるとは思わなかった。何より、黙って天界王に付き従ってきた彼だったから。ツィオラが封印された時も、フィルはいつものように微笑を浮かべていた。あの想いは、あの時にすべて終わったのだと思っていたのに────。

 やがて、意を決したようにフィルは顔を上げた。薄い紫紺の瞳が真っ直ぐルクツィオラを見据える。
「……僕は、禁忌に惹かれる者の行く末を知っています。どのような者でも、強い存在には磁力のように引きつけられるものです。一度その引力に捉えられてしまえば……もう引き返すことは出来ません」
 フィルは自嘲したように笑う。
「……だからレイエルには、僕と同じ道を歩ませたくないのです……。あの子を……悲しませたくないんです……」
 ルクツィオラはただ黙ってフィルを見つめた。
 フィルの言う「禁忌」とは何だ。一瞬ツィオラの存在が脳裏をよぎったが、それは違うと打ち消した。彼女は宮殿の奥深くに封じられており、そしてレイエルは彼女の存在を知るはずがないから。
 それではその禁忌とは────。


「────ルーク様……。レイエルは、精霊王に恋しています」
「……っ!」
 ルクツィオラはただ絶句した。ある意味予想通りの、そしてその言葉が意味するところの、恐らく最悪な事態を憂慮して。
 フィルは、そんなルクツィオラを黙って見上げるだけだった。


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